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東京地方裁判所八王子支部 昭和52年(ヨ)321号 判決 1977年11月28日

債権者

内田正司

右訴訟代理人弁護士

中野新

五百蔵洋一

債務者

株式会社フジカラーサービス

右代表者代表取締役

村上永治

右訴訟代理人弁護士

高井伸夫

立花充康

右訴訟復代理人弁護士

西本恭彦

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和五二年四月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金五万七、三三六円を仮に支払え。

との仮処分判決

二  債務者

主文と同旨の判決

第二申請の理由

一  債務者は、肩書地(略)に本社を置き、カラーフィルムの現像等を主たる業務とする資本金五億円、従業員約二、〇〇〇名の株式会社である。

債権者は、東京理科大学理学部二部化学科第四学年に通学するかたわら、昭和四九年四月一三日以来継続して債務者にアルバイトとして勤務し、昭和五二年三月当時債務者の東京現像所(以下「東現」という。)環境管理課技術係液調班に所属していた。

二  昭和五二年三月一日、債務者は債権者に対し、同月二〇日限りで雇傭契約を打切る旨通告し、同日以後債権者の就労を拒否している。

三  しかしながら、債権者と債務者間の雇傭契約は、次のとおり債権者が学生の身分を保持する限り存続すべき性質のものである。

すなわち、債権者は、昭和四九年四月一三日から債務者にアルバイトとして勤務を始めたが、当初は二か月間毎の契約が更新され、同年一二月一四日から契約期間が不規則となって三か月ないし一〇か月の契約を五回更新して、昭和五二年三月二〇日までの約三年間にわたり継続して雇傭されてきたのであるが、右契約の更新に際して債務者から異議を述べられたことは一度もなく、特段の話合いもなくしていわば自動的に契約が更新されていたのであり、契約書の取り交しも契約期間の終期に近くなってなされたのがほとんどであり、契約書を取り交すまでは双方とも更新された期間についての認識すら持っていなかったのである。これらの事実は、右契約における期間の定めが単に債務者側の事務処理上の都合のため形式的文言として契約書に記載されていたに過ぎないことを示しており、右契約において期間の定めは効力のないものというべきである。そして、債務者において、債権者のように長期にわたりアルバイトを継続した者は、債権者の知り得た限りでも過去八名存在したが、これらの者は、いずれも卒業、就職等の自己都合で退職するまで雇傭を継続されており(なお、債務者においてアルバイトは長期、短期を問わず学生の身分を有する者に限られているので、学生の身分を失えば、アルバイトとして勤務することはできない。)、債務者においては、アルバイト側で希望すれば卒業時まで雇傭を継続される慣習も存在していた。右のとおり、債権者の雇傭契約は、その更新の態様及び労使の慣習からすると、債権者が学生の身分を保持する限りは、雇傭を継続すべき性質のものというべきである。

四  従って、いまだ学生である債権者に対し、一方的になされた雇傭契約を打切る旨の前記通告は、法律上これを解雇の意思表示とみるべきであるが、これは次の理由により無効である。

1  債務者は、債権者を解雇する理由として、経営状態の悪化をあげているが、債務者の現状は人員整理をしなければ企業の維持存続が危機に瀕する状態とはとうていいえない。このことは、債務者が正規従業員に対しては退職等の自然減を補充しないほかなんらの人員整理をせず、解雇を強行したのは債権者に対してだけであることをみても明らかである。

2  債権者の債務者における業務内容は正規従業員の補助的作業ではなく、これらの者と全く同一であり、勤務時間も正規従業員が朝八時から夕方四時までとされているのに対し、債権者のそれはミーティングや体操で実際上仕事をしない朝の一時間を除いた朝九時から夕方四時までであって、ほとんど差異はない。そして、債務者にはアルバイトが希望すれば卒業時まで勤務を継続できる慣習が存在していたのは前記のとおりであり、債権者は、従前から継続して勤務したい旨を債務者に伝えていた。従って、債権者の雇傭形態は本来の臨時的な雇傭関係とは異なっており、決して債務者との結びつきの度合が正規従業員に比べて希薄であるとはいえないのであるから、正規従業員と区別して、債権者だけを整理解雇する理由もない。

3  債務者は、長期アルバイトに関する右の慣習及び債権者の雇傭継続の希望を知りながら、事前に協議することもなく、昭和五二年三月一日に、突然一方的に債権者に対し解雇通告をした。これに対して債権者は、その後再三にわたり、債務者に協議を申し入れたが、不況という以外に具体的な解雇理由も示されず、誠意ある話合いに応じたことは一度もなかった。右のように、債権者に対する解雇は、従来の労使慣習に反するのみならず、その手続も著しく信義に反するものである。

4  以上のとおり、右解雇は、なんら合理的な理由がなく解雇権の濫用に該り、しかも慣習及び信義則に反するものであるから無効である。

五  債権者は、右解雇当時債務者から月額平均賃金五万七、三三六円(時給四七〇円の基本給と通勤手当四、七〇〇円)を毎月二〇日締め、二五日支払の月給制で支給されていたところ、本件解雇によって生活の糧を失い勤労学生として学費の支弁にも困窮することになる。しかも、債権者にとって昭和五二年度は最上級生であるから、本訴をまっていてはとうてい目的を達しえないものである。従って、債権者には債務者のアルバイトとしての地位及び賃金を保全すべき緊急の必要があるので、前掲仮処分を求める。

第三申請の理由に対する認否

一  申請の理由一、二の事実は認める。

二  同三の事実中、債権者の雇傭契約がその主張のように更新されてきたこと、及び債務者におけるアルバイトが学生の身分を有する者に限られていることは認めるが、その余は争う。債権者の雇傭契約は、後記のように期間をその都度定めてなされていたものである。

三  同四の事実はすべて争う。

四  同五の事実中、昭和五二年三月当時の債権者の賃金が、時給四七〇円の基本給と通勤手当四、七〇〇円であり、これを毎月二〇日締め、二五日支払の月給制で支給していたことは認めるが、その余は争う。

第四債務者の主張

一  債務者は、債権者を昭和五一年一二月一五日から昭和五二年三月二〇日までの期間アルバイトとして採用する旨の雇傭契約を締結したが、後記の理由により、昭和五二年三月一日、債権者に対し右期間満了をもって今後新たな契約をしない旨通告した。従って、右期間の終期が到来したことにより、債権者の雇傭契約上の地位は消滅した。

なお、債務者は、昭和四九年四月一三日以来、債権者との雇傭契約を更新してきたが、アルバイトの雇傭期間が業務上の都合により一年未満の期間をその都度定められるものであることは、これに適用される変動要員就業規則(以下「変就規」という。)に明記されており、実際の運用も債務者の業務上の都合により許容しうる期間内でアルバイト側の希望も聞き、その都度契約期間を定めているのであって、債権者の従来の雇傭期間が一定していないことも、期間の定めのある契約であることを示すものである。

また、債務者においてアルバイトが卒業時まで継続して勤務できる慣習はない。過去二年間に東現に勤務したアルバイトは六四名にのぼるが、大学卒業時まで継続して勤務したのは二名のみであり、大半は三か月以下の勤務である。このような状況のもとで、右のような慣習が成立する余地はない。

二  右債権者の傭止めには、次のとおり正当な理由がある。

1  債務者の経営状態の悪化

債務者は、カラー写真処理を専業とするが、カラー写真業界の現状は他の諸産業と同じく、昭和四八年の石油ショック以来低迷を続け、加えてその低成長への転換があまりにも急激であったため、同業者約一、〇〇〇社間の価格、納期等における競争が激化した。

このような状況のもとで、債務者は、人件費の増大等コストの高騰あるいは昭和四九年以来のたび重なる労使紛争による納期の不厳守、サービス低化等による信用の喪失、従来債務者が独占し利益率の高い製品であった八ミリカラーフィルム(商品名フジカラー・シングルエイト)の現像処理が昭和五〇年以降他社のラボにおいても開始され、わずか一年余の間に市場占拠率が半減したことなどによって、次第に業績の悪化を来たし、昭和四九年下期以後一〇〇億円前後の横這い状態を続けていた売上げ高が、昭和五二年上期には七七億円に急落したうえ、利益率の高い八ミリフィルム、カラーフィルム現像が漸減した結果、利益は昭和四九年上期以後五期連続して減益し、更に昭和五一年下期には欠損を計上し、昭和五二年上期には一〇億円近い欠損を見るに至った。そして、生産高も昭和五一年上期をピークに漸減し、昭和五二年上期は昭和五一年末賞与をめぐる長期の争議状態も原因し、ピーク時の七〇パーセント以下となり、特に東現においては、昭和四九年下期をピークに下降線を辿りはじめ、昭和五二年上期に至ってはピーク時の四〇パーセントと如何ともしがたい生産高に止ったのである。

2  業績回復対策

債務者は、右のような業績悪化への対策として、原材料費の低減、諸経費の節減、設備投資の削減、省力化機器の積極的活用、取引先へのPR等のほか、昭和五一年上期以降役員賞与の全額カット及び同年下期以降管理職の賞与の二〇パーセントカットを実施した。しかし、債務者はいわゆる労働集約的業種であり、生産高の減少により生ずる余剰人員に要する経費が多額であって、右対策だけで業績の回復を図ることは不可能であった。

そこで、債務者は、まず昭和四八年一二月二七日、昭和四九年度採用計画の未補充人員については、その採用を中止する、更に、昭和四九年三月までの退職者補充を中止するとの方針を決定、実施し、昭和四九年度以降についてもこれを継続した。その結果、固定要員は昭和四九年四月二一日現在二、四二一名であったところ、二年間で約三五〇名減員したが、いまだコストへの人件費の圧迫は続いていた。そして、昭和五一年末一時金闘争による無期限重点部門ストライキによって、受注量が激減したことも加わり、要員は一層過剰となり、本来パートタイマー、アルバイトの行なう仕事も社員が行なう事態にまで陥り、各現像所においては、これら変動要員の縮減をせざるを得ない事態となった。

3  東現における変動要員の整理等

東現においては、昭和五一年末の時点で固定社員中に年間百数拾名の余剰人員が見込まれるに至っていた。そこで、東現は、所長が雇用管理する変動要員について、昭和五一年一二月二二日の課長会議において漸次縮減傭止めする方針を申し合わせ、次のように処理された。

(一) 従来、正月のピーク時に備えて年末に採用してきたアルバイト、パートタイマーを五一年末には一切採用せず、帰休契約(年間に繁忙期のみ呼び出し出社させる契約)中のパートタイマーについては、本来出社させるべき一月五日から二〇日(一部は一月一〇日から二五日)までの間、賃金の六割を補償して自宅待機にさせた。

(二) 右帰休契約中のパートタイマー四五名に対して、年度契約期間満了(一月二〇日、一部は二五日)に当り、会社の経営が悪化し仕事がないので、新たに契約できない旨通知した。そして、その後もパートタイマーを縮減した結果、昭和五一年一一月二一日現在六二名在籍していたパートタイマーは、昭和五二年四月には皆無となった。

(三) アルバイトについても、右方針通り漸次縮減し、債権者を最後に昭和五二年三月二一日以降アルバイトは皆無となった。

更に、昭和五二年三月二一日には、東現の固定要員のうち生産部門、間接部門から五〇名を、セールスマン等の営業部門に配転して要員の調整を図ったが、それでもなお右時点で約五〇名の余剰人員が見込まれる状況であった。

4  その他債権者に特有な事情

(一) 担当業務の消滅

債権者の所属していた東現液調班パック室は、五反田現像所で使用する現像液の薬品パックを担当していたのであるが、五反田現像所でも余剰人員が発生していたことなどから、自前で現像液を調製することになり、その結果昭和五二年三月二一日をもって、東現のパック室は廃止された。従って、債権者の担当業務は消滅したが、東現において多数の余剰人員があったのであるから、債権者を他の業務に配置換えする余地もなかった。

(二) 勤務状況が劣悪であること

債権者の勤務状況は、昭和五一年一二月一五日から昭和五二年三月二〇日までに出勤すべき日が七二日間あったにもかかわらず、その間欠勤一〇日間、遅刻、早退、私用外出二一日間で、正常に勤務した日数はわずかに四一日であって、正常勤務率は五六・九パーセントと劣悪であり、更に全契約期間を通じると、正常勤務率はわずか四八・八パーセントに過ぎない。債務者が、前記のような余剰人員を抱えながら、右のとおり勤務状態の劣悪な債権者を敢えてとどめておく理由はない。

第五債務者の主張に対する認否

一  債務者の主張一の事実中、債権者の雇傭契約に債務者の主張する期間の定めが形式上は存在していたことは認めるが、その余は争う。

二  同二の事実はすべて争う。

第六疎明(略)

理由

一  申請の理由一および二の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  債務者は、債権者の雇傭契約(以下「本件雇傭契約」という。)が昭和五二年三月二〇日までの期間の定めある契約であると主張し、これに対し債権者は、右契約が債権者の大学卒業時まで存続するものである旨主張するので、以下この点を検討する。

1  (証拠略)によれば、次の事実を一応認めることができる。

(一)  債務者の従業員には、正規従業員で構成される固定要員とパートタイマー及びアルバイトで構成される変動要員との大別して二種類のものがあり、変動要員は、いずれも一年未満の期間を定めて雇入れられること、採用手続が簡単であること、賃金が時間給で定期昇給はなく、賞与も支給されないことなどの点で固定要員と差異があった。

(二)  債務者が変動要員を置く主な理由は、債務者の業種が一般向けのカラーフィルムの現像等を主としているため、行楽や行事による季節的な受注量の変動が著しいことから、繁忙期に要員を確保する必要があるためであり、特にパートタイマーは変就規上「季節的受注変動に応じて断続的に雇傭される従業員」と明記され、実際も繁忙期のみ呼出して勤務に就かせる制度をとっていたが、他方アルバイトは、変就規上「継続してあるいは季節的受注変動に応じて雇傭される学生」と規定され、被傭資格が学生に限られるが、季節的受注変動を補うもののほか、これとはかかわりなく継続して雇傭されるものも予定されており、更に変就規第一二条には、一年以上勤務した変動要員に対して年次有給休暇を与える旨の規定も存在していた。

(三)  債権者の勤務する東現において最近二年間に雇傭されたアルバイトは六四名であるが、そのうちの大部分は繁忙期に一時的に雇傭された者で、しかも大学の昼間部に通う学生が休暇を利用して勤務する形態を主としているのに対し、債権者を含めた六名位は、季節的な受注の変動にかかわりなく、数か月間ごとの契約を更新しながら雇傭を継続され、その通算期間は二年ないし五年に及んでいた。

また、右のような長期アルバイトは、昭和四五年まで遡ると、東現に債権者を含め少なくとも八名在籍したが、債権者を除きいずれも学校卒業もしくは退学によるアルバイト資格の喪失か、他に就職する等の自己都合により退職するまで勤務を継続しており、これらの長期アルバイトが、単に契約期間が満了したことだけの理由で傭止めされた事例はこれまでになかった。

(四)  債権者は、昭和四八年九月二六日に債務者にアルバイトとして期間二か月の約束で勤務したのち一旦退職し、その後昭和四九年四月一三日再びアルバイトとして就職してからは、二か月ないし一〇か月間の期間が定められた契約書を取り交しつつ、昭和五二年三月二〇日まで勤務を継続していた。右契約更新の状況を具体的にみると昭和四九年四月一三日から同年一二月一三日までは二か月ずつの契約を四回締結し、ついで同月一四日から昭和五〇年一〇月一四日まで約一〇か月間の契約書を同年八月二三日に、同年一〇月一五日から昭和五一年四月一四日まで六か月間の契約書を同年二月二八日に、同年四月一五日から八月一四日まで四か月間の契約書を同年七月二一日に、同年八月一五日から一二月一四日まで四か月間の契約書を同年一二月一一日に、同年一二月一五日から昭和五二年三月二〇日まで約三か月間の契約書を昭和五一年一二月二一日に、それぞれ作成している。ところで、債権者は、夜学に通う大学生であり、卒業までの学費と生活費をまかなうため債務者に就職したのであって、雇傭された当初に債務者から「できれば長く働いて欲しい」旨も言われており、その後の契約更新に当って債務者から契約期間について特段の話合いはなく、また、契約期間がまちまちである点は、実質上の理由があったわけではなく、主として契約書の取り交しが遅延した等事務処理上の事情によるものであり、その契約更新手続も、契約書記載の期間を経過した時点で直ちに行なわれず、大半は右期間経過後新たな契約書を取り交さないままに従前通り勤務を継続し、右のとおり新契約書の作成日がその契約書記載の期間の終期に近い時点となることも希ではなかった。

(五)  債権者は、東現の環境管理課技術係液調班パック室に所属していたが、パック室には正規従業員二名がおり、債権者の仕事の内容はこれらの正規従業員とほぼ同一であり、ただ、勤務時間が正規従業員は午前八時から午後四時までであったのに対し、債権者は午前九時から午後四時までと一時間短かく、仕事の段取りや他の現像所との連絡等の責任が正規従業員にあった点等で若干の差異があるに過ぎなかった。

2  以上のとおりであって、右に認定した事実によれば、債権者は、昭和四九年四月一三日、契約期間を二か月とする労働契約を債務者と締結し、以来契約の更新を重ねてきたアルバイト学生であるが、その雇傭関係は、債務者の変動要員中の大半を占める、季節的受注の変動によって採用される典型的な変動要員とは明らかに異なっており、被傭資格が学生に限定されていることから、自ずと雇傭期間の終期は定まってはいるものの、その限りにおいて相当長期間の継続性が認められるばかりでなく、その間における更新手続は、単に形式を整えるためのものに過ぎず、契約書記載の契約期間は一応のものであって、その満了により契約が終了するとは当事者双方とも予期していなかったことが認められる。のみならず、債権者の従事する仕事の種類、内容は正規の従業員のそれと大差がなく、その他、従来債権者と同じ雇傭形態のアルバイト学生が契約期間の満了によって傭止めされた実例がないなどの諸事情を考慮すると、本件雇傭契約は、これを実質的に見れば、右被傭資格の喪失を終期とする契約であり、それ以前に債務者がした前記雇傭打切りの意思表示は、法律上解雇の意思表示と解するのが相当である。

三  そこで次に、右意思表示の効力について検討する(債務者が傭止めの正当理由として主張するところは、傭止めの通告が既述のとおり解雇のそれと解される以上、これを解雇理由に関する主張とみたうえ、以下検討を進めることとする。)。

1  (証拠略)を総合すると、次の事実を一応認めることができる。

(一)  債務者は、富士写真フィルム株式会社製造のカラーフィルムの現像、焼付を主な営業目的とし、昭和二一年に同社の全額出資により設立された会社であり、東京に本社を置くほか全国に一二の現像所と二の営業所を有し、昭和五二年三月二一日現在の従業員数(固定要員)は一、九四九名である。

ところで、債務者の業界においては、カラー写真の需要が年を負って増大するのに伴ない、写真感光材料メーカーを中心として債務者と同種の営業を目的とする会社が続々と設立され、現在全国で富士フィルム系列だけで約一五〇社、他社系列を含めると約一、〇〇〇社が乱立するに至っているが、右業界は他の業界と同様に昭和四八年のいわゆる石油ショックによる景気の不振の影響を受けて高度成長から低成長への転換を余儀なくされ、加えて国内におけるカラー化率(一般用写真フィルム国内出荷量中、カラー写真フィルムの占める割合)が限界に達してきたことなどの事情もあって、伸びの少ない需要を多数の会社が奪い合い、価格、納期等において採算を度外視した過当競争が生じるに至った。

(二)  右状況のもとにおいて、債務者は、受注量の減少に伴なう生産コストの上昇を生産性の向上によってカバーすることができず、しかも昭和四九年以来の度重なる労使紛争、ことに昭和五一年末一時金闘争による七二日間に及ぶ重点部門ストライキによる生産力の停滞、取引先に対し納期を維持できなかったことなどによる信用の失墜、更には従来債務者が処理を独占し、利益率の高かった八ミリカラーフィルム(商品名フジカラー・シングルエイト)の現像が、昭和五〇年以降他社においても開始されたことによりシェアが激減したことなどの事情により、その業績は次のとおり悪化した。すなわち、売上高は、昭和四八年上期(以下、上期とは前年一〇月二一日から当該年度の四月二〇日までをいい、下期とは当該年度の四月二一日から一〇月二〇日までをいう。)七三億三、八〇〇万円であったものが、昭和五一年上期の一〇三億七、七〇〇万円まで漸増したのち、同年下期に一〇二億二、六〇〇万円と漸減し、昭和五二年上期は七七億四、三〇〇万円に急落しているが、経常利益をみると、昭和四八年下期五億九、五〇〇万円を計上したのち毎期連続して減益を重ね、昭和五一年上期以降は欠損を計上し、その額は同期六〇〇万円、同年下期五、五〇〇万円、昭和五二年上期一〇億一、二〇〇万円となるに至り、純利益をみても昭和五一年下期二、七〇〇万円、昭和五二年上期九億二、四〇〇万円の各欠損となっている。

(三)  債務者は、右の業績悪化への対策として、(1)技術開発による処理工程の短縮化等による原材料費の低減化、(2)消耗品費等諸経費の節減、(3)昭和五〇年以降設備投資の大幅削減、(4)取引先の信用回復のためのPR、(5)昭和五一年上期以降役員賞与の全額カット及び管理職賞与の二〇パーセントカット等の諸施策を実施したほか、要員面の対策として、(1)昭和四八年末から、従来一〇〇名ないし二〇〇名あった年度途中における退職者補充を原則として中止し、(2)昭和五〇年から、従来年間二八〇名ないし四〇〇名採用していた新規卒業者も原則として採用せず、(3)昭和五二年三月までに、各事業所間の要員調整を図るため、延べ一七四名を配転するなどの施策を講じた。

(四)  しかし、債務者の業種は、いわゆる労働集約的なものであり、カラープリントをとってみると、原価中の人件費の占める割合が三五パーセントに達するような、生産原価における人件費の割合が高い特質を有するため、右の程度の施策をもってしては、業績の回復を図ることは極めて困難であって、その抜本的対策としては、人員の縮減が最も効果的であり、かつ必要なものとされざるを得なかった。そこで、昭和五一年八月の所長会議において、各事業所の所管のもとに雇傭されている変動要員を各所の生産状況に応じて縮減する方針が打ち出されるに至ったが、債権者の勤務する東現においては、同所の業績悪化が他の事業所に較べて特に著しく、余剰人員が多数見込まれたこと(昭和五二年二月時点の見通しで固定要員の余剰人員数は約一〇〇名であった。)から、昭和五一年一二月二二日の課長会議で(1)年間の繁忙期のみ就労させるため帰休契約中のパートタイマーを契約期間満了とともに雇傭を打切る、(2)その余のパートタイマー及びアルバイトも可及的に雇傭を打切るとの方針が決定された。そして、右時点において東現には、パートタイマー四六名とアルバイト四名が在籍していたが、昭和五二年四月一日までに、その全員について雇傭打切りの措置がとられるに至った。

2  ところで、債権者に対する本件解雇は、余剰人員の整理を目的とするいわゆる整理解雇に該るが、一般に整理解雇は被傭者の責に帰すべからざる事由によって一方的にその地位を奪うものであるから、解雇権の行使に際しては特に慎重であることが要求され、企業の経営状況等に照らし人員整理の必要性が客観的に認められる場合でなければならないとともに、対象者の選択にも合理的理由の存在することが必要と解すべきである。

そこで、このような見地に立って考えるに、右認定の事実関係によれば、債務者は、昭和四八年のいわゆる石油ショックによる経済不況や業界における過当競争の影響により同年以降業績が悪化し、かつ、数年にわたる業績悪化の状況から推して、近い将来業績が好転する見通しもないため、その対策として物件費および人件費を切詰めるなどする一方、新規採用の中止により人的構成の減縮を図るなどの施策を講じたが、原価中の人件費の占める割合が非常に高い業種のゆえに、従業員の自然減による合理化には自ら限界があり、業績の悪化に対する抜本的な対策としては、余剰人員の整理しかなかったことが認められる。よって、債務者の人員整理には客観的にみて相当な必要性があったものといわなければならない。

次に、整理の方策として、債務者は、固定要員に対しては、退職者の不補充と新規採用中止による自然減を図ることと配転をしたにとどまり、人員整理の対象を変動要員だけに求め、パートタイマーなどの典型的な変動要員はもとより、長期アルバイト学生をもすべて整理する方針で臨んだのであるが、すでに述べたとおり、債権者の雇傭関係は、債務者との間で形式的に定められた契約期間に拘束されるものではないとはいえ、アルバイトの被傭資格が学生であることを要する以上、その終期が数年のうちに到来することは当初から予定されており(ちなみに、債権者は来春卒業が予定されている。)、アルバイト学生が卒業後債務者の正規従業員に登用される制度ないし慣行の存在したことを認めるに足りる疎明も全くないのであるから、正規従業員と比較すると、債務者との結びつきが希薄であることは否めない。そうだとすれば、債務者が、固定要員には人員整理の手をつけず、債権者を他の変動要員とともに整理の対象としたことには、それ相当の合理的な理由があるものというべきである。

なお、(証拠略)によれば、東現において人員整理の対象とされた変動要員のうち長期アルバイト学生は、債権者以外に二名いたが、この二名は就職、退学といった学生側の都合で任意退職したので、今回整理解雇された者は、結局債権者ひとりに過ぎないことが一応認められるが、少なくとも変動要員のすべてを整理すべき合理的な必要がある以上、任意退職に応じなかった者が結果的に一人になったからといって、これに対する解雇を差し控えなければならない合理的な理由はない。したがって、この点に関する債権者の主張は理由がない。

3  そうすると、債務者が債権者を解雇したことには正当な理由があり、他に右解雇理由が不当であることを認めるに足りる疎明はないから、これを解雇権の濫用とする債権者の主張は採用できない。

4  また、債権者は右解雇が、アルバイトを卒業時まで雇傭するとの労使の慣習に反し、解雇手続も債権者と十分な協議をしない点などで信義則に反する旨主張する。

しかし、債権者の雇傭関係が、実質的に学生の身分を保持する限り存続すべきものであることは前記のとおりであって、これと同趣旨の慣習が労使間に存在するとしても異とするに足りないが、右慣習がアルバイトの整理解雇を制限すべき内容のものであると認めるに足りる疎明はないから、本件解雇が右慣習に反するとしても、さきに述べたとおり整理解雇の相当性が認められる以上、解雇の効力になんらの影響を及ぼすものではない。

次に、(証拠略)によれば、債務者は、本件解雇の二〇日前の昭和五二年三月一日に東現管理課長山崎篤治を通じ口頭で、債権者に対し、「仕事が減っているので、三月二〇日の期間満了以後契約を結ばない。二〇日前に予告して、予告手当を支給するから就職先を捜して欲しい」旨伝えたが、債権者は、その後再三にわたり債務者に右措置の再考を求め、これに対し債務者は、会社が不況で仕事が減っていること、債権者の所属するパック室も廃止されることなどの理由によって再考の余地はないとして、話合いは平行線を辿るばかりであり、同年三月一九日に債権者に対し、最終的に契約の打切りを通告するとともに、三〇日分の平均賃金相当額の予告手当の支払を申し出たが、受領を拒否されたため、同月二九日右金額五万七、三三六円を供託した事実を一応認めることができる。

ところで、一般に整理解雇においては、整理対象者に対してその事情を十分に説明して納得を得るように努めるべきであるが、右認定事実によれば、債務者は雇傭打切りの二〇日前に債権者に解雇の予告をしており、その際簡単ではあるが解雇の理由も説明し、その後も債権者の求めに応じて理由の要点は説明され、予告手当も法律上要求される以上に提供しているのであり、会社の不況状況について具体的な数値を出すなどして詳細な説明がなされていない点等でやや説明が抽象的であったとしても、右債権者の解雇に至る手続が信義則に反するとまではとうてい解せられない。他に、債権者の本件解雇が権利の濫用に該ることもしくは信義則に反するものであることを認めるに足りる疎明はない。

5  以上のとおり、本件解雇は有効であり、債権者の雇傭契約関係はこれにより終了したものといわなければならない。

四  よって、本件仮処分申請は、被保全権利の存在について疎明がないことに帰し、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野澤明 裁判官 小長光馨一 裁判官 寺尾洋)

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